もう摘まれる事もなくなった茶の木。
田植え前にはどこの家庭でも今の時季、家族総出や手を出し合って
一年分の茶摘みをしていたのを思い出す。次の日は大釜で煎るあげる。
神棚に一番に捧げ、お茶の木を植えてくれた先代に感謝をささげていた。
自給する事から消費者になって久しいけれど、出揃った茶葉を見ながら
今は亡き家族との一こま一こまが思い出され、生きている事、生かされている事を
しみじみと感じた朝でした。
もう摘まれる事もなくなった茶の木。
田植え前にはどこの家庭でも今の時季、家族総出や手を出し合って
一年分の茶摘みをしていたのを思い出す。次の日は大釜で煎るあげる。
神棚に一番に捧げ、お茶の木を植えてくれた先代に感謝をささげていた。
自給する事から消費者になって久しいけれど、出揃った茶葉を見ながら
今は亡き家族との一こま一こまが思い出され、生きている事、生かされている事を
しみじみと感じた朝でした。